卒業文集



SideMに出会って、担当アイドルに出会って3年とちょっとが経った。担当には、笑顔も、希望も、たくさん貰った。担当をステージで輝かせたい、という思いで、今までプロデュースに励んできた。


ここ半年で、同じような文章を何度も何度も見た。その度に自分もいつかはこうなる、という予感がした。やっとその日が来た。今日で私はSideMを引退します。



SideMに出会ってすぐ、担当ができた。担当は、自分の夢のために一生懸命頑張る、すごく素敵なアイドル。しばらくしてファスライがあり、担当はいなくても、他のアイドルたちががステージに立って歌って踊っている姿を目にし、形容しがたい達成感と感動を得たことは今でも覚えている。


今私が思い出す限りで、純粋にアイドルを応援できていたのは、セカライ後しばらくまでだと思う。ファスライに出演したアイドル以外のアイドルに声がつき、どのユニットもステージで同じだけ歌っていたあの時は、これからもSideMを応援し続けるんだろうな、と漠然と考えていた。


アニメのキービジュアルが発表されていった。そこに描かれていたアイドルは、最高にかっこよくて、みんないい笑顔だった。けれど、担当がそこに載ることはなかった。なんで、という気持ちを拭いされなかった。アニメ組のグッズは、たくさん出た。彼らは、たくさんの歌を歌えた。どの曲もすごく素敵だった。キラキラ輝くアイドル達が、さらに夢に一歩近づいた証のように思えた。

それでも、なんで、という気持ちをぬぐい去ることはできなかった。半年くらい前に、同じステージに立っていたファスライ組とセカライ組の間にできた差は、いつになったら埋まるのだろうか、担当はいつアニメに出れるのか、と考えた。


話は変わるが、その少し前にはMステも始まった。今まで「SideM?ポチポチゲーじゃないの?」と言っていた友人を引き込むことに成功し、Twitterを見ていてもSideMを始める人が増えたように感じていた。(彼らを悪く言うつもりは一切無いが)彼らの担当は大部分がファスライ組だった。セカライ組はおまけ、という風に思われているのかな、と悲しくなった。何も言えなかった。



また、ファスライ後から声優さんによるキャラの私物化が多くなった。ニコ生はグダグダの大喜利大会と化し、内輪で盛り上がり、ライブでは自分のキャラがしないようなことをする。

もしかしたら彼らには、私がまだ見つけられていないキャラの新しい一面を見つけていたのかもしれない。そんな淡い期待も、5星で完全に消え去ったような気がする。仮にもアニメの看板を被ったイベントなのだから、もう少しキャラに寄り添った立ち居振る舞いをして欲しかった。


そして何より、運営から提供されるものを楽しむ人達と同じコンテンツを応援するのが辛くなった。私と他のPとの間にある温度差に耐えられなくなった。トレパク疑惑、早バレ、イベント構成、そして何よりユニット格差など、運営への不信感を感じる諸々の点をあげればキリがないのだが、私がそれを感じる度に、彼らは見て見ぬふりをしているのか、そもそも知らないのかは分からないが、私たちの温度差は開いていく一方だった。




担当アイドルは今でも最高なアイドルだし、彼らのその後を知りたい一心で、引退してからも密かに公式Twitterを追ってしまうかもしれない。それでも、今はこのコンテンツと距離を置きたい、と思ってしまった。


並々ならぬお金と時間を費やしてきた。自分で納得してそうしてきた。もう戻ってくることはない。


最後に、この文章を読んでくれた人の中に、今後もSideMを応援したいと思っている人がいるのならば、運営を全肯定してはいけない、と言いたい。それが、コンテンツを少しでも良くするため、長く続けるために必要なことだと思う。



最後に、

神楽麗くん、今までたくさんの希望を与えてくれて、ありがとう。不甲斐ないプロデューサーでごめんなさい。大好きです。